君と見た水平線
まえがき
夏の終わり、それはいつも少し切ない。
過ぎ去っていく時間、終わりゆく季節、そして、もう戻れないあの瞬間。
この物語は、そんな夏の終わりに、再会と別れを経験した二人の若者の物語です。
主人公の悠人は、夏休みを利用して故郷に戻り、中学時代の恋人・真奈と再会します。
しかし、真奈にはもう新しい恋人がいました。
悠人は、変わってしまった真奈との間に距離を感じながらも、彼女への想いを募らせていきます。
一方、真奈もまた、悠人への想いを再認識し、今の恋人との間で葛藤します。
二人は、夏の終わりとともに再び別れを迎えますが、彼らの心には、あの夏の日々が鮮やかな記憶として刻まれます。
これは、誰しもが経験するかもしれない、青春のひと夏の物語。
甘く切ない恋心、未来への不安と希望、そして、自分自身と向き合う葛藤。
この物語を通して、あなたの心にも、何か大切なものが届けば幸いです。
by Seafoam|黒崎 凛

1
再会の夏
悠人
夏の陽射しが容赦なく照りつけるホームに降り立った。
潮の香りが鼻腔をくすぐり、ああ、帰ってきたんだなと実感する。
都会の喧騒から離れ、懐かしい海辺の町に帰省するのは、毎年恒例の楽しみだった。
改札を出ると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。思わず足を止め、声のする方へ視線を向ける。
心臓が跳ね上がる。
信じられない光景が広がっていた。
白いワンピースを纏い、楽しそうに笑う「君」がそこにいた。
あの頃のままだ。
いや、違う。
大人びた雰囲気を漂わせ、どこか遠い存在のように思えた。
中学時代、僕たちは恋人同士だった。
毎日一緒に学校に通い、帰り道には海を眺めながら語り合った。楽しかったあの日々は、まるで昨日のことのように思い出される。
しかし、高校進学を機に、僕はこの町を離れた。
違う高校に進学した君とは疎遠になり、連絡を取ることもなくなってしまった。まさか、こんな形で再会するなんて。
心臓がバクバクと音を立て、足がすくむ。
君に気づかれないように、とっさに柱の影に隠れた。君の姿が見えなくなるまで、僕はそこに立ち尽くしていた。
夏の陽射しは相変わらず強く、汗が背中を伝う。
しかし、僕の心は凍りついていた。
再会の喜びよりも、戸惑いと動揺が大きかった。
あの頃の僕たちは、もういない。
この夏、僕はどうすればいいのだろう。

2
夏の始まり
真奈
待ちに待った夏休みが始まった。
朝からジリジリと太陽が照りつけ、セミの声が響き渡る。
今日は拓也とのデート。
白いワンピースに麦わら帽子をかぶり、お気に入りのサンダルを履いて、待ち合わせ場所の駅へ向かう。
心はウキウキと弾んでいた。
「おはよう、真奈!」
改札前で拓也が手を振っているのが見えた。
拓也の爽やかな笑顔を見ると、自然と私も笑顔になる。
「どこ行く?」
「うーん、海がいいかな。アイス食べながら浜辺を歩きたい」
拓也は「いいね!」と頷き、手を繋いで駅を出た。
バスに揺られ、海辺の町に到着。
白い砂浜とどこまでも続く水平線。
夏休みの始まりにふさわしい景色だ。
海の家で買ったアイスを片手に、砂浜を歩く。
波の音、潮風、太陽の光。
全てが心地よく、幸せな気持ちでいっぱいになる。
「ねえ、拓也、あの雲、クマさんみたいじゃない?」
私が指さした先には、白い雲が浮かんでいる。
拓也は空を見上げ、「本当だ!」と笑った。
他愛もない会話が、こんなに楽しいなんて。
拓也と過ごす時間は、いつもキラキラと輝いている。
この夏は、拓也とたくさんの思い出を作りたい。
そんなことを考えながら、私は水平線を眺めた。

3
あの頃の僕ら
悠人
中学時代、僕と君はいつも一緒だった。
同じクラスで、席も隣同士。休み時間には他愛もない話をしたり、一緒に購買へパンを買いに行ったりした。
君はいつも明るく、誰とでも分け隔てなく接する人気者だった。
僕はどちらかというと内向的で、友達も少なかったけれど、君だけは特別だった。
放課後、よく一緒に自転車で海まで行った。
白い砂浜に寝転んで、どこまでも続く水平線を眺めながら、将来の夢を語り合った。
君は「パティシエになりたい」と言った。
お菓子作りが得意で、いつも手作りクッキーを僕にくれた。君の作るクッキーは、世界で一番美味しかった。
僕は「カメラマンになりたい」と言った。
写真を撮るのが好きで、父から借りた古いフィルムカメラで、よく君の笑顔を撮らせてもらった。
君はいつも、少し照れくさそうに、でも嬉しそうに笑ってくれた。無邪気に笑う君の顔は、太陽よりも眩しかった。
ある日、海辺で君が転んで膝を擦りむいた。僕は慌てて駆け寄り、持っていたハンカチで傷口を拭いてあげた。
「ありがとう」
そう言って微笑む君を見て、僕は初めて恋心を自覚した。心臓がドキドキと音を立て、顔が熱くなるのを感じた。
それからは、君を見るたびに胸が苦しくなった。授業中、君の横顔が視界に入るだけで、心臓が跳ね上がった。
中学3年の夏、僕は意を決して君に告白した。海辺で、沈む夕日をバックに。
「ずっと前から好きだった。付き合ってください」
君はじっと僕を見つめ、そして、頷いた。
「私も、好きだよ」
あの瞬間の喜びは、今でも忘れられない。
僕たちは高校は別々になってしまったけれど、あの頃の僕らは、確かに恋をしていた。

4
懐かしい顔
真奈
夏休みが始まって数日後、拓也とデートの約束をしていた私は、待ち合わせ場所の駅へ向かっていた。
ホームで電車を待っていると、視界の端に懐かしい顔が飛び込んできた。
「あれ?悠人?」
思わず彼の名前を呼んでしまった。彼は少し驚いた顔をしてこちらを振り返った。
「真奈?」
中学時代の同級生、悠人だ。
彼は少し大人びた雰囲気になっていた。身長も伸びて、髪型も変わっている。でも、あの優しい目は変わっていなかった。
「久しぶりだね」
悠人は少し照れくさそうに笑った。私もつられて笑みがこぼれる。
「うん、久しぶり。元気だった?」
「まあね。真奈は?」
「私も元気だよ」
当たり障りのない会話を交わす。でも、心の中はざわついていた。
悠人とは中学時代、同じクラスだった。彼はいつも静かで、本ばかり読んでいた。
私は彼とよく一緒に帰ったり、他愛もない話をしたりした。
高校は別々になってしまったけど、それでも時々、悠人のことを思い出していた。
まさか、こんなところで再会するなんて。
「拓也が待ってるから、そろそろ行かなきゃ」
私は悠人に別れを告げた。
「うん、またね」
悠人は手を振って見送ってくれた。
彼氏の拓也と合流し、デートを楽しんだ。でも、悠人のことが頭から離れない。あの頃の思い出が、次々と蘇ってくる。
悠人は、私のことを覚えているのかな。

5
変わってしまった君
悠人
あの日、駅で君を見かけたのは、ほんの一瞬だった。
しかし、その一瞬が、僕の心を大きく揺さぶった。白いワンピースが風に揺れ、長い髪が夏の光に輝いていた。
大人っぽくなった君の姿に、僕は思わず目を奪われた。
隣には、すらりとした男が立っていた。
君と同じ高校の制服を着て、楽しそうに君と話している。
恋人同士なのだろう。
二人は仲睦まじく腕を組み、改札を抜けていった。
その後ろ姿を見送りながら、僕は言いようのない寂しさを感じた。
あの頃の君は、いつも僕の隣にいた。一緒に笑い、一緒に泣いた。将来の夢を語り合い、何気ない日常を分かち合った。
しかし、今の君は違う。
僕の知らない君がいる。
あの男といる時の君は、僕に見せたことのない笑顔を見せていた。
それは、僕が知っている君の笑顔よりも、もっと輝いて見えた。
もしかしたら、君は僕のことなんて、もう忘れてしまったのかもしれない。
そんなことを考えると、胸が締め付けられる。
あの頃の僕らは、もういない。
変わってしまった君を目の当たりにして、僕は自分の存在の小ささを痛感した。

6
あの頃の思い出
真奈
悠人と再会してからというもの、中学時代の思い出が頭から離れない。
彼はいつもクラスの隅っこで、静かに本を読んでいた。私はそんな悠人が気になって、よく話しかけた。
最初は少し戸惑っていた悠人だけど、徐々に心を開いてくれて、一緒に帰るようになった。
帰り道、他愛もない話をしながら、海まで自転車を走らせた。沈む夕日を眺めながら、将来の夢を語り合ったこともあった。
悠人は「カメラマンになりたい」と言っていた。
お父さんから借りた古いフィルムカメラで、私の写真を撮ってくれたこともあった。
いつも少し照れくさそうに、でも嬉しそうに写真を撮る悠人の姿が忘れられない。現像した写真には、優しい光に包まれた私の笑顔が写っていた。
私は「パティシエになりたい」と言った。
お菓子作りが好きで、よく悠人に手作りクッキーをあげた。
彼は「美味しい」と言って、いつも喜んでくれた。
ある日、私が海辺で転んで膝を擦りむいた時、悠人は慌てて駆け寄ってきて、ハンカチで傷口を拭いてくれた。
「大丈夫?」
心配そうに私を見つめる悠人の優しい瞳に、私はドキッとした。
あの時、私は初めて悠人を意識したのかもしれない。でも、あの頃の私は、自分の気持ちに素直になれなかった。
高校は別々になってしまったけど、それでも時々、悠人のことを思い出していた。
あの時、私は悠人にどんな言葉を伝えたかったんだろう。あの時、私は悠人にどんな顔を見せていたんだろう。
もしかしたら、悠人は私のことなんて、もう忘れてしまったのかもしれない。
そんなことを考えると、少し寂しい気持ちになる。

7
夏の光と影
悠人
駅での再会から数日後、僕は海辺を散歩していた。
中学時代、君とよく来た場所だ。白い砂浜、どこまでも続く水平線、潮風。何もかもが懐かしい。
あの日、君と別れてから、僕はずっと君のことが頭から離れなかった。
大人っぽくなった君、隣にいた拓也。あの光景が、何度も脳裏をよぎる。
そんなことを考えながら歩いていると、前方に見覚えのある姿を見つけた。
白いワンピースを着た君が、一人で砂浜に座っている。
心臓が大きく跳ねた。
どうしよう。声をかけるべきか、それとも……。悩んでいるうちに、君がこちらに気づいた。
「悠人?」
君の声が聞こえた。僕は意を決して、君の元へ歩み寄った。
「久しぶり」
「うん、久しぶり」
ぎこちない会話。
あの頃のように、自然に話すことはできなかった。
「あの…拓也くんは?」
僕は意を決して尋ねた。
「今日は部活で来れなかったんだ」
君の答えに、少しだけ安堵する。しばらく沈黙が続いた。波の音が、やけに大きく聞こえる。
「あの頃、楽しかったね」
君がポツリと呟いた。
「うん、楽しかった」
僕も頷いた。
中学時代の思い出が、走馬灯のように蘇ってくる。
一緒に自転車で海まで来たこと、砂浜で将来の夢を語り合ったこと、君が作ってくれたクッキーの味……。
あの頃の僕らは、本当に幸せだった。しかし、過ぎ去った時間は戻らない。夏の光が、僕たちの影を長く伸ばす。
それは、あの頃には戻れない現実を突きつけるようだった。

8
揺れる心
真奈
海辺で悠人と再会してから、私の心は落ち着かない。
あの日、悠人は少し寂しそうな顔をしていた。
「拓也くんは?」と聞いた時、彼の目に一瞬影が差したように見えた。
悠人のことが気になる。
でも、私には拓也がいる。
拓也はいつも優しく、私のことを大切にしてくれる。彼といると、心が温かくなる。
拓也と出会ったのは、高校に入学してすぐのことだった。
彼はバスケ部のエースで、いつも明るく元気な人気者だった。
私はそんな拓也に惹かれ、告白した。
彼は私の気持ちを受け入れてくれ、私たちは恋人同士になった。
拓也と過ごす日々は、本当に楽しい。一緒に海に行ったり、映画を観たり、他愛もない話をしたり。彼といると、時間が経つのも忘れてしまう。
だけど、悠人と再会してから、私の心は揺れている。
悠人とは中学時代、たくさんの思い出を共有した。
一緒に自転車で海まで走ったこと、砂浜で将来の夢を語り合ったこと……。あの頃の私は、悠人のことが好きだった。
「もしかしたら、まだ好きかもしれない」
そんなことを考えると、胸がドキドキする。
でも、拓也を裏切ることはできない。
拓也への想い、悠人への想い。
私の心は、まるで嵐の中の小舟のように揺れ動いている。

9
君の笑顔
悠人
夏の夜空に大輪の花火が咲く。
浴衣姿の人々が行き交う賑やかな通りで、僕は懐かしい横顔を見つけた。
「真奈…?」
思わず呟くと、彼女は振り返り、驚いたような表情を見せた。
「悠人…?」
中学を卒業して以来、久しぶりに再会した真奈は、浴衣姿がどこか大人びていて、ドキッとするほど綺麗だった。
隣には、浴衣姿の男の人が立っていた。真奈の彼氏だろうか。
「久しぶり。元気だった?」
僕は少し緊張しながら、ぎこちない笑顔を作った。
「うん、元気だよ。悠人は?」
真奈も少し照れくさそうに笑った。
「僕も元気だよ」
短い会話の後、真奈は隣にいる彼氏を紹介してくれた。拓也というらしい。
「じゃあ、僕たちはあっちの方に行くね。楽しんで!」
そう言って、真奈は拓也と手を繋いで人混みに消えていった。
僕は、立ち去る君と、君の隣で嬉しそうに笑う拓也の後ろ姿を見つめながら、胸が締め付けられるような思いがした。
あの頃の僕たちは、こんな風に花火大会に来て、将来の夢を語り合った。あの頃の君は、いつも僕の隣で笑っていた。
しかし、今の君は違う。
隣には、拓也がいる。
夏の夜空に咲いた花火は、美しくも儚い。それは、まるで僕たちの思い出のようだった。
一人、夜道を歩きながら、僕は自分の気持ちに整理をつけられずにいた。

10
花火の夜
真奈
浴衣を着て、拓也と花火大会に来た。
夏の夜空を彩る大輪の花火は、いつ見ても心を躍らせる。屋台の焼きそばを頬張りながら、ふと視線を感じて顔を上げると、人混みの中に懐かしい顔が。
「悠人?」
思わず彼の名前を呼んでしまった。
彼は一瞬驚いたような顔をした後、こちらに近づいてきた。
「真奈、久しぶり」
シンプルなシャツにスラックス姿の悠人は、どこか大人びていて、ドキッとする。
「拓也、ちょっと待っててね。知り合いに会ったから」
そう言って、私は悠人を人混みから少し離れた場所へ連れて行った。
「元気だった?」
「うん、まあね。真奈は?」
「私も元気だよ」
少しぎこちない会話。
でも、それだけで胸が高鳴る。
「あ、拓也が待ってるから、もう行かなきゃ」
名残惜しいけど、私は悠人に別れを告げた。
「うん、またね」
悠人は少し寂しそうな表情で手を振った。
拓也の元へ戻ると、彼は少し浮かない顔をしていた。
「今の、誰?」
「中学の同級生だよ」
私は拓也にそう答えた。
夜空に大輪の花火が打ち上がるたびに、歓声が上がる。私は、隣にいる拓也の手を握りながら、悠人のことが気になって仕方がなかった。
彼は、今、何を思っているんだろう。
私は、複雑な想いを抱えながら、夜空を見上げた。

11
夢の跡
悠人
花火大会から数日後、僕は真奈に「元気?また会えないかな?」とLINEを送った。
少し緊張しながら返信を待っていると、「明日、海に行かない?」と返事が来た。
次の日、白い砂浜で真奈を待っていると、彼女が現れた。浴衣とは違う、カジュアルな服装が新鮮だった。
「悠人、来てくれてありがとう」
真奈は少し照れくさそうに笑った。
僕たちは砂浜に腰を下ろし、中学時代の思い出話に花を咲かせた。
「あの頃、よくここで夢を語り合ったよね」
真奈が言うと、僕は頷いた。
「真奈はパティシエになるんじゃなかったっけ?」
「うん。でも、まだ叶ってない。専門学校に行って、いつか自分の店を持ちたいと思ってるよ」
「そっか。真奈ならきっと素敵なお店ができるよ」
僕は優しい笑顔で彼女を見つめた。
「悠人はカメラマンになるんじゃなかったっけ?」
「うん。でも、今は違う夢を追いかけてる。カメラマンになる夢は諦めたわけじゃないけど…」
少し寂しそうな彼女の表情を見て、僕はあの頃の約束を思い出した。
中学の卒業式の日のこと。
僕たちは、いつものように海辺に来ていた。
「高校は別々になっちゃうけど、またここで会おうね」
そう言って、僕は真奈に小さな貝殻をあげた。
「これは?」
「お守り。夢を叶えるためのお守り」
真奈は貝殻を握りしめ、僕と指切りをした。
「絶対に夢を叶えようね」
あの頃の僕たちは、未来への希望に満ち溢れていた。
「あの日の約束、覚えてる?」
真奈が恐る恐る尋ねてきた。
「もちろん覚えてるよ」
僕は少し驚いたように彼女を見た。
「私も…ずっと覚えてた」
真奈は貝殻を握りしめながら、少し切なそうに遠くを見つめていた。夢を追いかけることの難しさ、そして、それでも諦めずにいたいという強い想い。
あの頃の僕たちに戻れたら、どんなにいいだろう。そう思ったけれど、時間はもう戻せない。僕たちは、あの頃とは違う道を歩んでいる。
それでも、あの日の約束は、僕の心の中にずっと生き続けている。

12
あの日の約束
真奈
花火大会の翌日、悠人から「元気?また会えないかな?」とLINEが来た。
私はドキドキしながら、「明日、海に行かない?」と返信した。
次の日、白い砂浜で悠人を待っていると、彼が現れた。
「真奈、来てくれてありがとう」
悠人は少し照れくさそうに笑った。
私たちは砂浜に腰を下ろし、中学時代の思い出話に花を咲かせた。
「あの頃、よくここで夢を語り合ったよね」
私が言うと、悠人は頷いた。
「真奈はパティシエになるんじゃなかったっけ?」
「うん。でも、まだ叶ってない。専門学校に行って、いつか自分の店を持ちたいと思ってるよ」
「そっか。真奈ならきっと素敵なお店ができるよ」
悠人は優しい笑顔で私を見つめた。
「悠人はカメラマンになるんじゃなかったっけ?」
「うん。でも、今は違う夢を追いかけてる。カメラマンになる夢は諦めたわけじゃないけど…」
少し寂しそうな彼の表情を見て、私はあの頃の約束を思い出した。
中学の卒業式の日のこと。
私たちは、いつものように海辺に来ていた。
「高校は別々になっちゃうけど、またここで会おうね」
そう言って、悠人は私に小さな貝殻をくれた。
「これは?」
「お守り。夢を叶えるためのお守り」
私は貝殻を握りしめ、悠人と指切りをした。
「絶対に夢を叶えようね」
あの頃の私たちは、未来への希望に満ち溢れていた。
「あの日の約束、覚えてる?」
私は恐る恐る尋ねた。
「もちろん覚えてるよ」
悠人は少し驚いたように私を見た。
「私も…ずっと覚えてた」
私は貝殻を握りしめながら、あの頃の純粋な気持ちを思い出していた。
夢を追いかけることの難しさ、そして、それでも諦めずにいたいという強い想い。
あの頃の私たちに戻れたら、どんなにいいだろう。
そう思ったけれど、時間はもう戻せない。私たちは、あの頃とは違う道を歩んでいる。
でも、あの日の約束は、私の心の中にずっと生き続けている。
そして、悠人への想いは、今も私の心の中で輝き続けている。

13
心の距離
悠人
花火大会の後も、僕たちは何度か会った。
海辺を散歩したり、カフェでお茶をしたり、あの頃のように他愛もない話をした。
しかし、どこかぎこちない。それは、僕たちがもうあの頃の僕たちではないからだろう。
君の話には、いつも拓也が登場する。拓也と行った場所、拓也と食べたもの、拓也との楽しかった思い出。
君が嬉しそうに話すのを聞くたびに、僕は胸がチクリと痛んだ。
僕は、君との間に見えない壁を感じていた。
それは、時間や環境によって生まれた心の距離なのかもしれない。そして、君の隣にいる拓也の存在が、その距離をさらに遠くに感じさせる。
ある日、海辺で君と夕日を眺めていた時、僕は思い切って聞いてみた。
「真奈は、幸せ?」
君は少し驚いた顔をして、僕を見た。
「うん、幸せだよ。拓也は本当に優しいし、一緒にいると楽しい」
そう言って、君は微笑んだ。その笑顔は、あの頃のように無邪気だった。
しかし、どこか寂しげに見えたのは、僕の気のせいだろうか。
僕は、君の幸せを心から願っていた。でも、同時に、君を独り占めしたいというエゴイスティックな感情も湧き上がってくる。
そんな矛盾した感情を抱えながら、僕はただ黙って君の隣に座っていた。
沈む夕日が、僕たちの影を長く伸ばす。それは、まるで僕たちの心の距離を表しているようだった。
そして、その距離は、もう二度と縮まることはないのかもしれない、そんな不安が僕を襲った。

14
すれ違う想い
真奈
悠人と過ごす時間は、楽しかった。
あの頃のように他愛もない話をして、笑い合った。でも、どこかぎこちない。それは、私たちがもうあの頃の私たちではないからだろう。
悠人は、私の話を静かに聞いてくれる。でも、時々、寂しそうな表情を見せる。私が拓也の話をするたびに、彼の目が曇るような気がした。
私は、悠人の気持ちがわからなかった。彼は、私とどうなりたいと思っているんだろう。
ある日、海辺で夕日を眺めていた時、悠人は私に「幸せ?」と聞いてきた。
私は「うん、幸せだよ」と答えた。でも、それは本当のことではなかった。
拓也といる時は楽しい。でも、悠人といると、心がざわめく。
悠人の優しい笑顔、穏やかな話し方、全てが懐かしくて、愛おしい。
私は、悠人に惹かれている。でも、拓也を裏切ることはできない。
拓也は、いつも私を支えてくれる大切な存在だ。彼を傷つけることは絶対にできない。
悠人への想い、拓也への想い。
私の心は、二つに引き裂かれそうだった。
沈む夕日を眺めながら、私は自分の気持ちに整理をつけることができなかった。
ただ、悠人への想いが日に日に大きくなっていくのを感じていた。
そして、悠人も私と同じように、何かを伝えたいけれど伝えられない、そんな葛藤を抱えているように思えた。
二人の間には、言葉にならない想いが、静かに漂っていた。

15
夏の終わり
悠人
セミの声が弱々しくなり、空には鰯雲が浮かぶ。
夏の終わりが近づいていることを、肌で感じる。夏休みも残りわずかとなり、僕の心は焦りでいっぱいだった。
君への想いは、日増しに強くなっていた。君の笑顔を見るたびに、胸が締め付けられる。
君の幸せを願う気持ちと、君を独り占めしたいというエゴが、心の中でせめぎ合っている。
「君に好きだと言いたい」
何度もそう思った。しかし、君の隣には拓也がいる。彼を悲しませることはできない。
それに、僕はもうあの頃の僕ではない。
君との間にできた心の距離は、そう簡単に埋められるものではない。
「諦めるしかないのかもしれない」
そう思う自分もいる。それでも、諦めきれない自分がいる。夏の終わりが近づくにつれ、僕の心は激しく揺れ動いた。
君への想いを伝えるべきか、それとも、このまま諦めるべきか。答えが出ないまま、時間は残酷に過ぎていく。
そして、夏休みが終われば、僕はまたこの町を離れなければならない。限られた時間の中で、僕は何をすべきなのか。
君の笑顔を、もう一度だけ、この目に焼き付けたい。
そんな切ない想いが、僕の心を満たしていた。

16
夏の終わりに
真奈
セミの声が少しずつ弱まり、空には秋の気配が漂い始めた。
夏休みも残りわずか。
私は、この夏を振り返っていた。
拓也と過ごした日々は、本当に楽しかった。
二人で海に行ったり、花火大会に行ったり、たくさんの思い出を作った。
でも、悠人のことも忘れられなかった。
彼と再会してから、私の心はいつもざわついていた。
悠人の優しい笑顔、穏やかな話し方、全てが懐かしくて、愛おしい。
彼と過ごす時間は、心が落ち着く一方で、胸が締め付けられるような気持ちにもなった。
私は、悠人のことが好きなんだ。
それは、紛れもない事実だった。
でも、拓也を裏切ることはできない。
彼は、いつも私を支えてくれる大切な存在だ。私は、二人への想いの間で揺れ動いていた。
この気持ちを、悠人に伝えるべきなのか。それとも、このまま胸に秘めておくべきなのか。
答えが出ないまま、時間は刻一刻と過ぎていく。夏の終わりが、私の決断を迫っていた。
そして、悠人はもうすぐこの町を離れてしまう。
限られた時間の中で、私は何をすべきなのか。もう一度、悠人と二人きりで話がしたい。
そんな切ない想いが、私の心を満たしていた。

17
別れの言葉
悠人
夏の終わりは、残酷なまでに早く訪れた。
明日、僕はこの町を離れる。もう二度と、君には会えないかもしれない。
最後の夜、僕は君にLINEを送った。
「明日、駅まで見送りに来てくれないか」と。
返事はすぐに来た。
「うん、行くよ」
短い言葉だったけれど、それだけで僕は嬉しかった。
次の日、駅のホームで君を待った。白いワンピースを着た君が、ゆっくりと近づいてくる。
「悠人」
君が僕の名前を呼ぶ。
その声は、少し震えていた。
「真奈」
僕も君の名前を呼んだ。
胸が締め付けられる。
「もう、行っちゃうんだね」
「ああ、そうなんだ」
言葉が出てこない。
伝えたいことは山ほどあるのに、何も言えない。
「元気でね」
君が僕に微笑みかけた。その笑顔は、どこか寂しげだった。
電車がホームに入ってきた。僕は、君に背を向け、電車に乗り込んだ。
窓から君の姿が見えなくなるまで、僕はずっと手を振っていた。
涙が溢れて止まらない。
さよなら、真奈。
君への想いは、この胸に深く刻まれたまま、僕は再びこの町を離れた。
いつかまた、君に会えるだろうか。その時は、僕は君に何を伝えるのだろう。
答えの出ない問いを抱えながら、僕は未来へと続く線路を、ただ見つめていた。

18
見送る背中
真奈
夏の終わりを告げるかのように、ホームに涼しい風が吹き抜けた。
今日は、悠人が町を離れる日。
私は、彼を見送るために駅に来ていた。
「真奈、来てくれてありがとう」
悠人は少し照れくさそうに笑った。
「当たり前でしょ。悠人が帰るのに、見送りにも来ないなんてありえないよ」
私も精一杯の笑顔で答えた。
でも、心の中は悲しみでいっぱいだった。
悠人がこの町を離れてしまう。
もう、彼に会えなくなるかもしれない。
そんなことを考えると、涙が溢れそうになった。
「元気でね」
私は、精一杯の想いを込めて、悠人にそう伝えた。
「うん、真奈も」
悠人は優しく微笑んで、電車に乗り込んだ。
私は、彼の背中が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。電車が走り去り、ホームには私一人だけが残された。夏の終わりを告げる風が、私の頬を撫でる。
楽しかった日々が、もう思い出になってしまう。悠人への想いを、私は伝えることができなかった。この気持ちは、一体どこへ行くんだろう。
私は、切ない想いを胸に、ゆっくりと駅を後にした。
夏の終わりは、いつもこんなにも寂しい。だけど、いつかまた、悠人と再会できる日が来る。
そう信じて、私は前を向いて歩き出した。

19
新しい朝
悠人
窓の外を流れる景色は、見慣れた故郷から、見知らぬ街へと変わっていく。
昨日の別れのシーンが、まだ鮮明に脳裏に焼き付いている。君の笑顔、君の涙、そして、伝えられなかった僕の想い。
胸が締め付けられるような痛みを感じながら、僕は深く息を吸い込んだ。
もう、過去には戻れない。
君との思い出は、美しい夏の風景として、僕の心の中に大切にしまっておこう。
そして、僕は前に進まなければならない。
カメラマンになる夢は、まだ諦めていない。
いつか、君に胸を張って「夢を叶えたよ」と言えるように、僕は努力を続けよう。
そして、いつかまた、君に会える日が来るかもしれない。
その時は、僕は君に、あの日伝えられなかった想いを伝えよう。
そう心に誓いながら、僕は新しい朝を迎えた。
窓の外には、見慣れない街の風景が広がっている。
それは、僕にとっての新しい始まりの景色だった。
20
新しい季節
真奈
夏の終わりとともに、私の心にも変化が訪れた。
悠人が町を離れてから、私は自分の気持ちと向き合うようになった。
拓也は、相変わらず優しく、私を大切にしてくれる。彼といると、心が安らぐ。
でも、悠人のことも忘れられない。
彼の優しい笑顔、穏やかな話し方、全てが忘れられない。
私は、悠人のことが好きだった。
そして、今も好きなんだ。
私は、自分の気持ちに嘘をつくことはできなかった。
拓也に別れを告げた。
彼は悲しそうだったけど、私の決意を尊重してくれた。
私は、悠人への想いを伝える決意をした。
彼に手紙を書いた。
中学時代の思い出、再会した時の喜び、そして、今も変わらない私の気持ち。
全てを正直に綴った。
手紙をポストに投函した時、私は少しだけ心が軽くなった気がした。
夏の終わりは、いつも切ない。
だけど、今年は違う。
私は、自分の気持ちに素直になれた。
そして、新しい季節に向かって、一歩踏み出すことができた。
いつかまた、悠人と再会できる日が来る。
そう信じて、私は前を向いて歩き出した。
おわり
あとがき
夏の終わり、それは新しい始まりの予感。
悠人と真奈は、それぞれの道を歩み始めました。
彼らの未来には、どんな景色が広がっているのでしょうか。
この物語は、二人の物語であると同時に、あなたの物語でもあります。
誰かを好きになった時のトキメキ、
別れの時の切なさ、
そして、未来への希望。
これらの感情は、きっと誰もが経験するものです。
この物語を通して、あなたの心にも、何か大切なものが残れば幸いです。
そして、Seafoamの楽曲「エモサマー」が、あなたの心に寄り添い、
あなたの物語を彩る soundtrack となれば幸いです。
最後に、この物語を読んでくださったあなたに、心からの感謝を込めて。
あなたの夏が、そして、これから始まる日々が、輝きに満ちたものであることを願っています。
by Seafoam|黒崎 凛