ナギカザネ

夜の風に乗って

まえがき

都会の喧騒の中で、私たちは時に孤独を感じ、夢を見失ってしまうことがあります。

そんな時、ふと耳にする懐かしいメロディーや、偶然の再会が、私たちの心を優しく包み込み、生きる力を与えてくれることがあります。

この物語は、夢を追いかけるフリーライター、藤沢あかりの日常と、彼女が鎌倉で体験する不思議な再会を描いたものです。

あかりを通して、私たちは自分自身の過去と向き合い、未来への希望を見出すことの大切さを改めて感じることができるでしょう。

物語の中で流れる音楽、特に80年代のシティ・ポップは、ノスタルジックな雰囲気を醸し出し、読者の心を優しく揺さぶります。

まるで古いレコードから流れるメロディーのように、物語はあかりの心の奥底にある感情を呼び起こし、読者を物語の世界へと誘います。

この物語を読み終えた時、あなたはきっと、あかりと一緒に鎌倉の海辺を歩き、月明かりの下で「Moonlight We Dance」を口ずさみたくなるでしょう。

そして、自分自身の夢や希望を再確認し、明日への一歩を踏み出す勇気をもらえるはずです。

さあ、あかりの物語を、心ゆくまでお楽しみください。

いつもの日常、いつもの私

「はぁ、今日も一日中パソコンとにらめっこか…」

私は大きなため息をつき、伸びをした。
窓の外には、夕日が渋谷のスクランブル交差点の雑踏をオレンジ色に染め上げていく。

光が部屋に差し込み、乱雑に積まれたファッション雑誌やカメラ機材を照らし出す。

Canon EOS Kiss M2と交換レンズが、埃をかぶってテーブルの上に転がっている。

私は藤沢あかり(仮名)、23歳。

フリーライターとしてなんとか生計を立てているけれど、現実は甘くない。

締め切りに追われる毎日で、部屋は散らかり放題。おしゃれもメイクも二の次。

おまけに、今日の夕飯はコンビニで買ったパスタサラダとサンドイッチだ。

「こんな生活、いつまで続くんだろう」

私はベッドに倒れ込み、天井のシミを見つめた。
白い壁紙は日に焼けて黄色く変色し、所々にひび割れが入っている。

幼い頃に両親を亡くし、施設で育った私は、いつも孤独だった。

人と深く関わるのが苦手で、自分の気持ちを押し殺して生きてきた。

そんな私が唯一、素直になれる場所が音楽だった。

特に好きなのは、80年代のシティ・ポップ。

竹内まりやさんの「Plastic Love」や山下達郎さんの「RIDE ON TIME」を聴くと、心が安らぎ、どこか懐かしい気持ちになる。

「歌いたい…」

心の奥底から、抑えきれずに声が漏れた。

私は歌い手になることを夢見ていた。でも、現実は厳しい。オーディションは不合格続き、自信を失いかけていた。

「私なんて、どうせ…」

自己嫌悪に陥りそうになる心を奮い立たせ、私はMacBook Airを開いた。締め切りの近い美容コラムを書き上げなければ。

「今日も徹夜かな…」

私はコンビニで買ったカフェラテを一口飲み、仕事に取り掛かった。

窓の外では、ネオンサインがチカチカと点滅し始め、都会の夜が更けていく。

鎌倉、懐かしい風景

週末、私は江ノ電に乗り、幼少期を過ごした海辺の町、鎌倉を訪れていた。

潮風が髪を撫で、日差しが肌を温める。私は白いワンピースに麦わら帽子、足元は履き慣れたコンバースのスニーカーという出で立ちだ。

「あ、紫陽花が咲いてる」

明月院の参道に続く小道。青や紫の鮮やかな紫陽花が、雨上がりの日差しを浴びて輝いている。

私はカメラを手に取り、夢中でシャッターを切った。

鎌倉の風景は、私にとって特別な意味を持つ。幼い頃の記憶が、まるで昨日のことのように蘇ってくる。

「あの頃に戻りたい…」

私は由比ヶ浜の砂浜を歩きながら、幼い頃の記憶を辿った。

両親と砂浜で遊んだこと、江ノ島水族館でイルカショーを見たこと、そして突然の別れ。その後、施設で過ごした寂しい日々。

「でも、あの頃の私とは違う。私はもう、一人じゃない」

私は心の中で呟いた。

あの頃の私を支えてくれたのは、音楽だった。そして、もう一つ、忘れられない思い出があった。

それは、施設で出会った幼馴染の男の子。名前は、翔太くん(仮名)。彼はいつも優しく、私の話を聞いてくれた。

「翔太くん、今頃どうしてるんだろう…」

私は海辺を離れ、かつて住んでいた施設へ向かった。しかし、施設は既に取り壊され、跡形も残っていなかった。

その跡地には、真新しいマンションが建っていた。

「やっぱり、もういないんだ…」

私はがっかりして、踵を返した。その時、後ろから懐かしい声が聞こえた。

「あかり?」

振り返ると、そこにはカメラを手にした男性が立っていた。

日に焼けた肌、少し伸びた無精髭。でも、その笑顔は紛れもなく、幼馴染の翔太くんだった。

月夜の再会

「久しぶりだね、あかり」

翔太くんは優しく微笑んだ。私も思わず笑顔になった。

再会を喜び、私たちは小町通りの裏路地にあるレトロな喫茶店に入った。

「あの後、どうしてたの?」

翔太くんは、施設を出た後、カメラマンとして活動していることを教えてくれた。

私はフリーライターになったこと、そして、歌い手になる夢を諦めきれないことを打ち明けた。

「あかりの歌、また聴きたいな」

翔太くんの言葉に、私は胸が熱くなった。誰かに私の歌を聴いてほしい、そう願っていた気持ちを思い出した。

「今度、友達とライブハウスで歌うんだ。よかったら、聴きに来てくれる?」

私は勇気を振り絞って、翔太くんを誘った。翔太くんは快諾してくれた。

ライブ当日、私は緊張で指先が冷たくなっていた。でも、ステージに上がると、不思議と落ち着きを取り戻した。

薄暗い照明の中、私は心を込めて歌った。

曲が終わると、会場は温かい拍手に包まれた。私は翔太くんの姿を探した。

彼は客席の後ろの方で、優しい笑顔で私を見つめていた。

ライブの後、私たちは由比ヶ浜の砂浜に戻った。波の音を聞きながら、私たちは昔話に花を咲かせた。

「覚えてる?あの曲」

翔太くんが口ずさんだのは、「Moonlight We Dance」だった。それは、私たちが施設でよく一緒に聴いていた曲だった。

「懐かしいね…」

私は翔太くんの手を握り、一緒に歌い始めた。

月明かりの下、二人の歌声が重なり合う。それは、まるで夢のような時間だった。

未来への一歩

「あかり、君の夢を応援してるよ」

翔太くんの言葉が、私の心に深く響いた。私は、翔太くんの前で初めて、自分の弱さをさらけ出すことができた。

「ありがとう、翔太くん」

私は涙をこらえきれずに、翔太くんの胸に顔を埋めた。翔太くんは優しく私の髪を撫で、何も言わずに抱きしめてくれた。

次の日、私は翔太くんと一緒に、高徳院の大仏を見に行った。青銅色の巨大な大仏を見上げながら、私たちは未来への希望を語り合った。

「私、歌い続けるよ。翔太くんも、素敵な写真を撮ってね」

私は翔太くんに笑顔を向けた。翔太くんもまた、優しい笑顔で頷いた。

別れの時間。

鎌倉駅で、私は翔太くんと固く抱き合い、感謝の気持ちを伝えた。

「翔太くん、本当にありがとう。また会おうね」

私は涙をこらえながら、翔太くんに手を振った。翔太くんもまた、笑顔で手を振り返してくれた。

私は帰りの江ノ電に乗りながら、心の中で「Moonlight We Dance」を口ずさんだ。

もう、私は一人じゃない。翔太くんとの再会は、私の人生に新たな光を灯してくれた。

私は歌い続ける。

そして、いつか、翔太くんと一緒に、あの月夜のダンスを踊るんだ。

あとがき

物語はいかがでしたでしょうか。
あかりと翔太くんの再会、そして彼らが共有した月夜の時間は、読者の皆様の心に何かを残せたでしょうか。

私自身、この物語を書きながら、あかりの心情に寄り添い、彼女と共に成長していくような感覚を覚えました。

夢を追いかけることの難しさ、孤独感、そして再会によってもたらされる希望。

これらの感情は、きっと誰もが経験したことのある普遍的なものです。

音楽は、私たちの心を癒し、勇気を与えてくれる素晴らしい存在です。

物語の中で登場する80年代シティ・ポップは、あかりと翔太くんにとって、そして読者の皆様にとっても、特別な意味を持つものになったのではないでしょうか。

この物語が、読者の皆様の心に響き、明日への活力となることを願っています。

そして、いつか、皆様が自分自身の「Moonlight We Dance」を見つけ、大切な人と分かち合える日が来ることを願ってやみません。

最後に、この物語を最後まで読んでくださった読者の皆様に、心からの感謝を申し上げます。

この物語の曲はこちら

-ナギカザネ